地域安全マップで人づくり・街づくり

小宮信夫(立正大学教授・社会学博士)

 地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を表示した地図です。地域安全マップは、犯罪機会論を安全教育に応用するために、私が考案・開発した手法です。

 地域安全マップの理論的根拠である犯罪機会論では、犯罪の機会を与えないことによって犯罪を未然に防止しようと考えます。ここで言う犯罪の機会とは、犯罪が成功しそうな状況のことです。つまり、犯罪を行いたい者も、手当たりしだいに犯行に及ぶのではなく、犯罪が成功しそうな場合にのみ犯行に及ぶ、と考えるのです。

 とすれば、犯罪者は場所を選んでくるはずです。なぜなら、場所には、犯罪が成功しそうな場所と失敗しそうな場所があるからです。そのため、犯罪機会論では、犯罪者が選んだ場所の特徴や共通点が研究されてきました。その結果、犯罪者が好む場所は、「(だれもが)入りやすく、(だれからも)見えにくい場所」であることが分かってきました。

 「入りやすい場所」では、簡単に怪しまれずに標的に近づくことができ、犯行後すぐに逃げられそうなので、捕まりそうな雰囲気はありません。一方、「見えにくい場所」では、だれにも気づかれないまま、たたずむことができ、邪魔されずに犯罪を完結できます。また、目撃されにくく、警察に通報されることもなさそうなので、捕まりそうな雰囲気がありません。

 この「入りやすい」「見えにくい」という条件は、物理的な条件だけでなく、心理的な条件としても特徴づけられます。例えば、落書き、散乱ゴミ、不法投棄された粗大ごみ、公共施設の割れた窓ガラス、放置自転車、違法な路上駐車、伸び放題の雑草、廃屋同然の空き家などがある場所は、心理的に「入りやすく見えにくい場所」です。というのは、管理が行き届いてなく、秩序感が薄い状況は、犯罪者に警戒心を抱かせることができず、気軽に立ち入ることができる「入りやすい場所」になり、さらに、無関心な人が多く、見て見ぬ振りをしてもらえそうな「見えにくい場所」にもなるからです。

 安全教育にとって必要なことは、この「入りやすい」「見えにくい」というキーワードを子どもたちに意識させ、この「物差し」を使いこなせるように指導することです。しかし、不審者という「危ない人」に取りつかれていると、なかなか「場所」に目が向きません。そこで必要になるのが、「危ない場所」を探す地域安全マップづくりです。

 地域安全マップづくりを通して、危険な場所が分かるようになれば、それを踏まえた危険回避行動を取るようになるはずです。実際に、地域安全マップづくりの後、一人で登下校する児童の数が格段に減った小学校があります。

 そのため、文部科学省の通知『登下校時における幼児児童生徒の安全確保について』も、この手法を採用しましたが、実際には、地域安全マップの普及度は、依然として低いのが現状です。確かに、地域安全マップという名前が付けられたマップは、多くの学校で作られていますが、現実には、その3枚に2枚は、間違ったマップです。

 作り方を間違えたマップの中で、最も問題なのが、不審者が出没した場所を表示したり、不審者への注意を呼びかけたりする「不審者マップ」です。しかし、危ないかどうかは、姿を見ただけでは分かりません。子どもに不審者を発見せよと無理な要求をすると、この世は敵だらけと思わせてしまい、周りの大人を信じられない子どもを増やすことになりかねません。

 奈良県のある地域のマップには、精神科のある病院を指し示す吹き出しの中に、「変なおじさんに気をつけよう」と書かれてありました。このようなマップは、防犯効果がないだけでなく、差別や排除を生み、人権を侵害する危険性があります。

 犯罪が起きた場所を表示した「犯罪発生マップ」も、間違ったマップです。子どもがそれを作製しても、その危険予測能力は向上しません。なぜなら、犯罪発生マップは、犯罪が起きた場所を覚えさせようとする暗記型のマップにすぎないからです。覚えた犯罪発生場所に行かないことはできても、知らない場所に行ったら、もうお手上げです。また、被害に遭った子どもから、犯罪発生場所を聞き出そうとすれば、子どものトラウマ(心の傷)を深めてしまいます。

 このように、犯罪機会論に基づいた地域安全マップは、依然として、学校には浸透していません。実際は普及していないのに、普及しているように思われていることが、普及を遅らせる一因となっています。したがって、地域安全マップの「正しい作り方」を広く行き渡らせることが、差し迫った課題と言えます。

 地域安全マップづくりは、「どこ」が犯罪者に選ばれるのかを見極めることによって、犯罪を予測しようとするものです。地域安全マップづくりによって、身近に潜む危険性に気づくことができれば、それだけでも被害に遭う可能性が低くなります。つまり、地域安全マップづくりは、子どもの危険予測能力を向上させる、能力開発プログラムなのです。

 さらに、子どもによる地域安全マップづくりには、子どもの力で大人の意識を変え、そこから、改善のアクションを起動させることも期待できます。つまり、地域安全マップづくりは、地域社会の問題解決能力を向上させる、地域再生プログラムなのでもあります。

 安全教育における地域安全マップづくりは、完成品としての地図を作る「物づくり」ではなく、子どもの危険予測能力を高める「人づくり」です。そのような地域安全マップであれば、子どもたちや地域社会にとって、「未来への航海図」にもなるに違いありません。